「セルフケア」はいつから買うものになったのか|言葉のすり替わりを見直す
休むことのはずが、いつのまにか買い足す作業になっている。セルフケアという言葉がどこから来て、何とすり替わってきたのかを、少し引いた場所から整理します。
「セルフケアしなきゃ」で疲れることがある
疲れているときほど、休み方を調べてしまうことがあります。入浴剤、寝具、サプリ、アプリ。調べているうちに、休むための準備がひとつずつ増えていって、結局その日はどれも試さないまま終わる。休息のはずだったものが、片づけていないタスクとして残る状態です。
これは意志が弱いからというより、「セルフケア」という言葉が指すものが、この十数年でずいぶん広がったことと関係しています。何を指す言葉なのかがぼやけると、やってもやっても終わった感じがしません。
もともとは、自分の状態を自分で管理するという意味だった
セルフケアという語は、もともと医療や看護の分野で、慢性的な不調を抱える人が日常のなかで自分の健康を保つ行為を指して使われてきたと言われています。薬を決まった時間に飲む、体調を記録する、無理をしない日をつくる。地味で、写真映えのしない行為です。
そこには「自分を保つのは、生活のなかの継続的な作業だ」という前提がありました。特別なことをする時間ではなく、生活を回し続けるための最低限の手入れ。この意味での手入れは、基本的にお金をあまり必要としません。
言葉が広がるにつれて、指すものが入れ替わっていく
同じ言葉が広く使われるようになると、その中身は「売りやすいもの」に寄っていきます。継続的な手入れよりも、一回で完結して、見た目で分かって、贈り物にもできるもののほうが流通しやすいからです。次の表は、同じ「セルフケア」という語が指しているものの違いを並べたものです。
| どう使われるか | 実際に指しているもの | 起きやすいこと |
|---|---|---|
| 医療・生活の文脈 | 睡眠、食事、通院、休む判断 | 地味なので達成感が出にくい |
| 商品の文脈 | 買って使うもの、体験 | 買った時点で満足して終わりやすい |
| 自己啓発の文脈 | 習慣化、記録、意識の持ち方 | できない日が自己否定に変わりやすい |
| 職場・社会の文脈 | 各自で回復してくること | 疲れの原因が個人の責任になる |
「整っていない自分」が、直すべき状態になっていく
セルフケアが商品と結びつくと、その前提として「今のあなたは整っていない」というメッセージが必要になります。買う理由が要るからです。そして、整えたあとにはまた次の整え方が出てくる。終わりのない構造になっています。
この構造のなかにいると、疲れていること自体が落ち度のように感じられてきます。本当は、長時間働いたら疲れるのは当たり前で、眠れない日が続けば頭は働かなくなる。それは手入れの不足ではなく、負荷の量の問題であることが少なくありません。
個人の宿題にされてしまうケアもある
回復を各自の努力に任せる考え方は、雇う側や制度の側から見ると都合のいい面があります。休みが取りづらい、人手が足りない、家庭内の負担が偏っている。そうした条件を変えないまま、「うまく休めていないほうに問題がある」という話に置き換えられてしまうことがあるからです。
自分でできる工夫を否定する必要はありません。ただ、工夫でどうにもならない部分を、自分の管理不足として抱え込まなくていい。ここを切り分けておくと、セルフケアという言葉に追い立てられにくくなります。
買うことが悪いわけではない
香りのいいものを買う、施術を受けに行く、旅先で何もしない日をつくる。こうしたことには、はっきりした意味があります。自分にお金や時間を使う判断をした、という事実そのものが、扱われ方の基準になることもあります。
問題になるのは、買う行為が「休むこと」の代わりになってしまうときです。買った時点で片づいた気になり、実際の睡眠時間も予定の詰まり方も変わらないまま次の週に入っていく。使ったかどうかまでを含めて見ておくと、この置き換えは起きにくくなります。
言葉を、自分の側の意味に戻す
セルフケアという語を使い続けてもいいし、使うのをやめてもかまいません。大事なのは、その言葉で自分が何をしたいのかを一度決めておくことです。決めていないと、外から流れてくる定義がそのまま入ってきます。
- 今週の目的を一つだけ決める(眠る、人と話す、予定を減らす、など)
- 増やす前に、減らせるものがないかを先に見る
- 買ったものは、使った日を数えてみる。使っていなければそれは合っていない
- 他人の方法をそのまま採用しない。条件も体も違う
工夫でどうにもならない状態のとき
眠れない、食べられない、以前は楽しめたことに関心が向かない。そうした状態が数週間以上続くときは、休み方を変える段階ではなく、専門の人に見てもらう段階です。内科でも、婦人科でも、心療内科でも、話しやすいところから始めて問題ありません。
セルフケアという言葉は、本来そこへ行く判断も含んでいたはずのものです。自分で全部を引き受けることではなく、必要なときに人の手を借りる判断まで含めて、自分の状態を扱うということ。買い足す前に、その一段を思い出しておいて損はありません。