痩せろとは言われていないのに、そう聞こえる|広告の中のからだを読む
広告や宣伝の画像は、直接なにかを命じてはきません。それでも見た後に自分の体が気になるのはなぜか。表現の仕組みと、距離の取り方を整理します。
名指しされていないのに、自分のことだと感じる
電車のドアの上、動画の途中、アプリを開いた瞬間のバナー。そこに並ぶ言葉は、たいてい前向きです。もっと自由に、もっと自分らしく、あなたのままで。誰かを責める言い方はしていません。それでも見た後に、鏡の前で立ち止まる時間が少し伸びることがあります。
命令されたわけではないのに、自分に足りないものを数え始めている。この感覚は、意志が弱いから起きるものではありません。そう受け取るように設計された表現を、設計どおりに受け取っているだけ、という側面があります。
ここでは、広告や宣伝の中で体がどう扱われてきたのかと、見る側として持っておける距離の取り方を整理します。特定の企業や商品を批判するための文章ではありません。
まず「不足」が置かれる
何かを勧める表現は、多くの場合、先に不足を提示します。今のままでは足りない状態があり、その隙間を埋めるものとして商品が置かれる。この順番自体は、傘でも椅子でも同じで、それ自体が悪いわけではありません。
ただ、扱う対象が体になると事情が変わります。傘は買えば手に入りますが、体は買い替えられません。不足として示された部分は、買った後も自分の一部として残り続けます。だから、体を題材にした表現は、見終わった後の残り方が長くなります。
語り口は、時期によって変わってきた
同じ「体を良くする」という話でも、前面に出る言葉は入れ替わってきたと言われています。下の表は、よく見かける語り口の整理です。年代を厳密に区切るためではなく、言い方が変わっても構造は残ることを見るために並べています。
新しい語り口が出てくると、前の語り口が乱暴に見えます。ただ、見る側に「今のままでは足りない」と感じさせる部分が変わっていないなら、受け取った後に起きることはあまり変わりません。
| 表に出る言い方 | 何を示しているか | 受け取る側に残るもの |
|---|---|---|
| 理想の形を示す | 到達点を一つに定める | 自分との差を数えてしまう |
| 努力を称える | 足りない部分は努力で埋まるとする | 埋まらないのは自分のせいだと感じる |
| ありのままでいい | 肯定の言葉で始める | 肯定した上で商品を勧める形は残る |
| 健康のためと言う | 見た目の話を体調の話に置き換える | 断りにくくなる |
| 自分へのごほうび | 消費を自己ケアとして示す | 買わない選択がケア不足に見える |
「そのままでいい」も、売り文句になる
近年は、多様な体型や年齢を扱う表現が増えたと言われています。これまで表に出にくかった姿が並ぶこと自体には、見る人の安心につながる面があります。
一方で、肯定から始まる言い方は断りにくくもなります。否定されていないぶん、勧められているという実感が薄れ、いつの間にか同じ順番に乗っていることがある。肯定の言葉が付いているかどうかではなく、その後に何を勧めているかを見るほうが、判断の材料になります。
見るときに置いておける問い
全部を疑いながら暮らすのは現実的ではありません。ただ、気になった表現に出会ったときだけ、いくつか問いを当ててみると受け取り方が変わります。
- 誰が作って、何を売っている表現か
- 良くなると言っている部分は、見た目の話か、体調の話か
- 向かない人・使わないほうがいい場合の説明があるか
- 急がせる言葉(今だけ、手遅れ、など)が入っていないか
- この表現を見る前から、自分はそこを気にしていたか
自分の基準が、どこから来たかを見る
最後の問いは、いちばん効きます。もともと自分が気にしていなかった部分を、見た後から気にし始めたのなら、それは自分の中から出てきた基準ではなく、外から渡された基準ということになります。
渡された基準が全部まちがいだとは言えません。知らなかったことを知る入り口になることもあります。ただ、どこから来たかを分けておくと、追いかけるかどうかを自分で決められます。人から渡された物差しで採点し続けると、いつまでも合格点が動きます。
考え方より、量を減らすほうが早い
受け取り方を鍛えて対抗しようとすると、見るたびに考える作業が増えて、それ自体が疲れます。実際に効きやすいのは、目に入る量そのものを減らすことです。おすすめの並ぶ画面を開く時間帯を決める、寝る前は見ない、気分が落ちている日は買い物系の画面を開かない。
気持ちが弱っている日ほど、不足を示す表現は刺さります。そういう日に判断をしないで済むようにしておくのは、意志の問題ではなく段取りの問題です。
見え方は変わるが、体は自分のものであり続ける
表に出る理想像は、時期によって入れ替わります。数年前に良いとされた形が、今は別の形に置き換わっている。入れ替わり続けるものに合わせ続けるのは、原理的に終わりがありません。
自分の体を、評価される対象としてだけ見なくてよい。動きやすいか、休めているか、痛いところはないか。外から渡される基準とは別に、自分で確かめられる基準を持っておくと、広告の言葉が届く範囲は少しずつ狭くなります。