性にまつわる言葉は、どう変わってきたか
呼び方が変わると、認識も一緒に動きます。かつての言い方と今の言い方を並べ、言葉が担っている役割を整理しました。
言葉は、現実の後を追うだけではない
新しい言葉ができると、それまで名前のなかったものが急に見えるようになります。逆に言えば、名前がないあいだ、それは「起きているのに存在しないこと」として扱われがちでした。
性にまつわる語彙は、この数十年でかなり入れ替わりました。単に言い回しが今風になったというより、何を問題とみなすかという枠組みそのものが動いた結果だと考えると、変化の意味がつかみやすくなります。
呼び方が変わった主なもの
身近なところでは、次のような移り変わりがあります。どれも新しい語が古い語を完全に置き換えたわけではなく、併用されながら重心が移っているという状態です。
| かつて多かった言い方 | 近年よく使われる言い方 | 何が変わったか |
|---|---|---|
| 主人・旦那 | 夫・パートナー・連れ合い | 上下関係を含む語を避ける |
| 女子力 | セルフケア・自分の手入れ | 他者評価から自分の管理へ |
| 生理は隠すもの | 月経・生理(そのまま言う) | 健康の話題として扱う |
| 不感症 | からだの状態・感じ方の個人差 | 欠陥ではなく差として見る |
| 処女・非処女 | 初めての経験(あるかないか) | 人格の格付けから切り離す |
| オナニー | セルフプレジャー | 後ろめたさを前提にしない |
被害を指す言葉の変化
もっとも変化がはっきりしているのが、被害を表す語彙です。かつては個人的なもめごとや「よくある話」として処理されていたものに、順に名前がついてきました。職場での性的な言動を指す「セクシュアルハラスメント」が日本語として広く知られるようになったのは1980年代の終わりごろだと言われています。
近年では「性的同意」「デートDV」「グルーミング」といった語も一般の記事で見かけるようになりました。名前がつくことで、被害を受けた人が自分の経験を説明できるようになる。これが語彙の実用的な効果です。
法律の言葉も動いている
2023年の刑法改正では、それまでの「強制性交等罪」などが整理され、「不同意性交等罪」という名称になりました。暴行や脅迫があったかどうかを中心に見る立て付けから、同意しない意思を示すことが難しい状況だったかどうかを見る立て付けへ、軸が移されたかたちです。
法律用語の変更は、単なる言い換えではありません。何を要件として問うかが変わるということなので、社会が「何を問題とみなすか」の変化がそのまま条文に現れていると読めます。
呼ばれる側が名乗り直すという動き
言葉の変化にはもうひとつの型があります。外から与えられた呼び名を、当事者が自分で選び直すというものです。職業や立場を指す語、からだの状態を指す語で、この動きが見られます。
誰が名前をつけるかは、その集団をどう扱うかと直結しています。だから名乗り直しは、しばしば言葉の問題を超えた話になります。
- 外から与えられた呼称には、その時代の評価が織り込まれている
- 本人が使う語と、制度が使う語は一致しないことがある
- どの語で呼ばれたいかは人によって違う。統一する必要はない
- 迷ったときは、その人が自分で使っている言い方に合わせるのが無難
新しい言葉にも副作用はある
新しい語が広まると、それが便利なラベルとして雑に使われる時期が必ず来ます。本来は状況を説明するための言葉が、人を分類して片付けるための道具になってしまうことがあります。
また、専門的な語が日常会話に流れ込むと、意味が薄まって元の定義から離れていくこともあります。言葉が広まることと、正確に理解されることは別です。
自分が使う言葉を選び直してみる
大きな話に聞こえますが、実践は小さくて構いません。自分がふだん何気なく使っている呼び方を一つ選んで、それが誰の視点から作られた言葉かを考えてみる。それだけでも見え方は変わります。
言葉を変えれば現実が変わるわけではありません。ただ、名前がないものは考えにくく、相談もしにくい。自分の状態を説明できる語彙を持っておくことは、それ自体が実用的な備えになります。