自分の気持ちがわからない|感情に名前をつけられないときの整理
つらいのか怒っているのか、自分でも言えない。感情を言葉にできない状態は珍しくありません。名前がつきにくい理由と、粗いところから始める手順を整理します。
「どう思ってるの?」に答えられない
何かあったのかと聞かれて、言葉が出てこない。困っているのは確かなのに、悲しいのか腹が立っているのか、疲れているだけなのかが自分でも分からない。結局「大丈夫」と答えて、その場が終わる。
こういうとき、感情がないわけではありません。動いてはいるのに、名前がついていないだけということがあります。名前がつかないものは、人に説明できず、自分でも扱えないまま残ります。
ここでは、感情に言葉がつきにくくなる背景と、粗い言葉から始める手順を整理します。気持ちを正確に当てることが目的ではありません。
名前がつきにくい状態は珍しくない
感情を言葉にする力は、生まれつき決まっているものというより、使ってきた回数に左右される部分があると言われます。言っても取り合われなかった、言うと場が悪くなった、そもそも聞かれなかった。そういう時間が長いほど、言葉にする回数は減ります。
忙しさも関係します。処理しなければいけないことが並んでいる時期は、感じている場合ではないという形で、感情のほうを後回しにします。後回しにしたものは消えるわけではなく、名前がつかないまま溜まっていきます。
言葉が少ないと、対処も少なくなる
「もやもやする」しか言葉がないと、できることも「気晴らしをする」くらいしか出てきません。けれどそれが、断れなかったことへの怒りなのか、期待していたものが来なかった落胆なのかで、次にやることは変わります。
感情に名前がつくというのは、正しく分類することではなく、扱いの選択肢が増えるということです。だから、細かく当てにいく必要はありません。方向が分かる程度でも、次の一手は変わります。
粗いところから細かくしていく
いきなり正確な言葉を探すと止まります。まず粗い段階で置いて、そこから少しだけ絞る。この二段階にすると進みやすくなります。下の表は、その途中経過の並べ方の例です。
当てはまるものを選ぶための表ではなく、粗い言葉のとなりにどんな言い方があるかを見るためのものです。しっくり来ないなら、来ないというところで止めておいて構いません。
| 粗い言い方 | 少し絞ったときの候補 | そこから見えること |
|---|---|---|
| もやもやする | 言えなかった/納得していない | どの場面で飲み込んだか |
| しんどい | 量が多い/気を使い続けている | 休みが足りないのか、人が多いのか |
| なんか嫌だ | 軽く扱われた/勝手に決められた | 境界線が越えられた場面がある |
| どうでもいい | 期待するのをやめた/消耗している | 諦めの前に何があったか |
| 落ち着かない | 予定が読めない/待たされている | 不安の対象が具体化できるか |
体の側から拾えることもある
気持ちが言葉にならないとき、先に体のほうが反応していることがあります。肩に力が入りっぱなし、あごを噛みしめている、食欲が急に落ちる、寝つきが悪くなる。感情の言葉が出てこなくても、こうした変化なら気づけることがあります。
「何を感じているか」ではなく「どこがどうなっているか」から入る。そこから、どの場面の後でそうなったかをたどると、名前のないものに輪郭がつくことがあります。
今は名前をつけない、という選択もある
出来事の直後や、疲れ切っているときに無理やり言語化すると、そのときの手近な言葉に固定されてしまうことがあります。本当は消耗しているだけなのに「自分が悪い」で片づけてしまう、というような形です。
分からないままにしておく期間があってもかまいません。分からないと分かっている状態は、間違った名前をつけた状態より扱いやすいことがあります。
人に渡すときは、完成させなくていい
誰かに話すとき、整理してから話さなければと考えると、結局話せないまま終わります。「うまく言えないけど、この件のあとから調子が悪い」でも、情報としては十分に伝わります。
むしろ、整いすぎた説明は相手に「もう解決している」と受け取られることがあります。途中の状態で出すほうが、必要な相手には届きます。
分からないことは、鈍さではない
自分の気持ちが分からないことを、感受性の問題として受け取る必要はありません。多くの場合それは、言葉にする機会が少なかったか、今そこに手が回っていないかのどちらかです。
粗い言葉でいいので、一日に一度だけ置いてみる。細かさは後からついてきます。名前がつけば、その気持ちは自分だけで抱える必要のあるものかどうかも判断できるようになります。